政治の五五年体制があるように、家族の五五年体制がある、と指摘したのは、社会学者であるが、その家族の五五年体制を支えたのは、住宅の五五年体制であった。一九五五年、鳩山第一次内閣においてはじめて政府の予算編成方針のなかに住宅問題が登場し、「一世帯一住宅」のスローガンが掲げられた。鳩山内閣は住宅建設一〇箇年計画を発表、一九五五年には日本住宅公団が発足した。四二〇万戸ないしは五〇〇万戸の住宅不足がいわれた敗戦直後からすでに一〇年が経過していた。
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住宅政策としては一九五〇年に住宅金融公庫法が、一九五一年に公営住宅法が成立していた。一九五五年の日本住宅公団法成立により、戦後住宅政策の三本柱が揃って、住宅建設が具体的に実現されてゆくことになった。公営住宅法も、住宅金融公庫法も、公団住宅法も、まずは家族の容器の建設が目的であった。家庭の建設が国家の建設の基盤とみなされていたのである。